「死は生なり」

AI時代に問われる人間力と夢のチカラ

今日は、所属する倫理法人会モーニングセミナーにて、初めて講話の機会をいただきました。

ご依頼をいただいたのは、ちょうど3ヶ月前。

その頃、会社は危機的状況にあり、悩みながらも本社移転を決断し、5期の決算を終え、真っ暗闇の中でもがいていた最中でした。

そして実は──「DEAD or ALIVE」と名付けて挑んだ再起動プロジェクトの、5ヶ月間のラストを走り切った直後の講話でもありました。

特に4〜6月は、もう一つ大きなチャレンジをしていて、自分に相当な圧をかけて動かした3ヶ月間。この講話も合わせると、3つの山を越えるような挑戦でもありました(^^;;

14年前、

私は「生きる意味がわからない」「子育てがわからない」という絶望の中にいました。そこから歩み続けて、たどり着いた今。

直近2年間の、「会社をつぶしてしまうんではないか」という恐怖。

この二つの苦難、絶望があったからこそ、いまようやく見えてきた景色があります。

私の今考える経営とは、

売上や形を守ることではなく、たとえ自分(肉体)や会社という”カタチ”がなくなっても、1000年先にも生き続ける“精神”や“哲学”を育てていくこと。

そう思うようになりました。

私が本当に願ってきたのは、

「なぜ生きるのか?」自分なりの意味を見出すこと。

堂々と夢を語れる母になること。

お金を得る以上だと思ってもらえる価値を届けられる経営者になること。

その想いが、今の私の根っこになっています。

プラトンが2400年前に語った「魂の懐妊」は、彼がこの世を去った今もなお、生き続けています。私も生きてる限り、魂の懐妊をし続けたい♡

帰宅してから、皆さんの感想用紙を一枚ずつゆっくり拝読しました。紙いっぱいに綴ってくださった言葉に、涙が溢れました

今日は貴重な機会をいただき、たくさんのあたたかいご感想に心から感謝いたします。